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広島高等裁判所 昭和63年(う)128号 判決 1988年12月15日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人高村是懿作成の控訴趣旨書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官市川敬雄作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

(控訴趣意第一点=理由不備の主張について)

論旨は要するに、本件は否認事件であり、原審において弁護人は被告人の無罪たる理由をるる具体的に主張したにもかかわらず、原判決はこれを採用できない理由も証拠の証明力についての判断も一切示すことなく、被告人を有罪としたのであるが、これは判決に理由を付さない違法がある場合にあたるというものである。

そこで検討するに、原判決が、被告人を有罪と認定するのに供した証拠の標目を挙示したのみで、原審における弁護人の主張に対する判断を示していないのは所論指摘のとおりであるが、原審における弁護人の主張は、要するに被告人について、本件公訴事実における犯罪構成要件に該当する事実がないというものであって、これが刑事訴訟法三三五条二項の主張にあたらず、従って法律上これに対する判断を示すべきことを要求されている場合にあたらないことが明らかであるから、原判決において、判決に理由を付さない違法があるとは認められない。論旨は理由がない。

(控訴趣意第二点=法令適用の誤りの主張について)

論旨は、要するに、原判決は被告人が原判示の甲荘アパート(以下本件アパートという。)二階通路に上がったことをもって、「故なく他人の看守する邸宅に侵入したもの」と判断したが、本件アパート敷地と公道との境界には固有の門塀もないから、これがいわゆる囲繞地とはいえず、アパートの各室入口までは誰でも自由に立ち入ることができるのであるから、本件アパートの二階通路部分は「邸宅」にあたらず、また、右アパートの所有者であるAはここに居住せず、他に管理人も番人もいないのであるから「人が看守する」ものともいえず、結局本件アパートの二階通路部分は「人の看守する邸宅」に該当しないものであるというのである。

そこで検討するに、関係証拠によれば、次のような事実を認めることができる。

1  本件アパートは、広島市南部の一般住居やアパート、学校、会社事務所、倉庫等の密集した市街地にあり、南北に長く、北側が市道(幅員約三・四メートル)に面した間口約九・一メートル、奥行き約二四メートルの敷地ほぼ一杯に建てられた幅六・七メートル、長さ二三・四メートルのやはり南北に長いセメント瓦葺き木造モルタル二階建共同住居で、一、二階ともこれをほぼ四等分した形で一列に四室ずつ並び、合計八室で八所帯入居できるようになっていて、本件当時は満室であった。

2  右アパートの一、二階とも建物の西側部分は階下一号室横の一部を除き、建物の長さ全体に幅約一・三メートルの柱廊状の通路になっていて、これに面して各室の出入口である片開きドアと二個の窓からなる開口部が設けられており、階下通路の西側は西側隣接建物の壁面やトタン塀と敷地南端のブロック塀に囲まれて北側市道にのみ通じる幅約一・四メートルの狭い袋小路となっていて、その中央付近に二階への昇降用鉄製階段(幅約〇・九メートル)が設置されている。建物の北側は前記のとおり市道に面しているが、階下一号室の側壁と窓になっていて出入口はなく、東側は約一メートルの間隙を隔てて、また南側はほとんど密着して、いずれもブロック塀や隣接建物の壁面に接し、東側空間と北側市道との境にも扉様の仕切りが設けてあるため、これらの側から本件アパートやその敷地に人が自由に入り込んだり通行することはできず、アパート各室へ入るためには、北側市道からアパート西側の前記袋小路を通って一階通路へ入るか(階下の場合)、右袋小路を奥へ中程まで入って前記外階段を利用する(階上の場合)しかない。そしてアパート二階の通路は半透明の庇屋根で覆われ、各室出入口側を除いて、その周囲を高さ約〇・九九メートルの鉄製手すりで囲まれている。

3  右アパートの各所帯の電力メーター類は大体各室毎に分かれているようであるが、郵便物等については、階下通路の北端付近(袋小路入口近く)の壁面に取付けられた集合郵便受け箱に入れられるようになっている。

また、入居者らは、それぞれ自室前の通路に(階下の場合は袋小路にも)洗濯物を干したり荷物の一部や植木鉢を置いたりして、通行の邪魔にならない程度に適宜その狭い空間を利用している状況が窺われる。

4  本件アパートは近所に住むAの所有で、特にアパートの管理人は置いていないが、同女の住居及びその稼働先である飲食店はいずれも町名は異なるが本件アパートと隣接する町にあり、丁度右アパートを中心に対称地点に位置し、しかもそれぞれの距離は直線にして数百メートルしか離れておらず(従ってその往復に常時アパートの近くを通ることが窺われる。)、家賃は毎月入居者が持参し、同人らからの相談事等も直接A自身が聞いてこれを処理している。

ところで、現に人が住居として使用している建物に附属する施設ではあるが住居の一部とはいえないものや右建物の囲繞地は、これを刑法一三〇条にいう邸宅に該るものと解し得るのであるが、このことは右が単一の居住用建物に附属する場合に限らず、アパート等の共同住宅に附属する場合においても、施設や囲繞地が専らそこに居住する者のみが利用し、あるいはこれらの者のためにのみ利用されるべき性質のものである以上同様である。

これを本件についてみると、前記事実関係によれば、本件アパートの建物の構造と形状、その敷地や隣接建物等との関係その他の状況からして、本件アパートが小規模な共同住宅であり、その出入口が前記袋小路北端部分のみであって他へ通り抜けられるような状況ではなく、従って本件アパートの通路部分は、右アパートに何らかの用事のある者以外の一般通行人が自由に出入りすべき場所ではないことがその外観上から明らかというべく、かつ前認定のような右アパートの通路部分の形状や利用状況等に徴すると、右通路部分は専ら本件アパート住人のみが利用し、あるいは同人らのためにのみ利用されていることもまた明白というべきである。そして、右通路部分の場所によっては、各入居者らによる利用が一部重複したり、あるいはほとんど専用的になったりして、必らずしもその利用形態が一様ではないので、右通路部分をもって各入居者それぞれの住居の一部ないしその延長と見ることはできないにしても、これを全体として住居に使用されているアパート建物に附属する施設と見ることによって、これが刑法一三〇条にいう邸宅に該ると解することは差支えないというべきである。

そして、前認定のとおりの本件アパートの位置、構造及びその外観から容易に認識し得るその利用状況等に加えて、本件アパートの所有者で入居者に部屋を賃貸しているAが極く近くに居住し、本件アパート建物のみならずその入居者らに対しても常に必要な目配りができる状況にあること等の事実に照らすと、本件アパートの通路部分は、右Aによって、(但し部分的には入居者を補助者として、)管理されているものと認めるのが相当である。

以上によれば、本件アパート二階通路部分については、これを刑法一三〇条にいう「人の看守する邸宅」に該るものと解し得べく、従ってこれに故なく侵入したときは刑法一三〇条前段の罪が成立するのであって、この点について原判決には何ら法令の解釈、適用を誤った違法は存しない。論旨は理由がない。

(控訴趣旨第三点=事実誤認の主張について)

論旨は要するに、原判決は、被告人が本件アパート二階のB方居室入口のドアを所携のドライバーでこじあけようとした旨認定しているが、被告人は本件当時旧知のパキスタン人の所在を尋ねるべく、同人の友人であった学生がかつて本件アパートに居住していたので、その学生の消息をアパートの住人に聞こうと思ってこのアパートを訪れたにすぎず、右B方のドアをこじあけようとしたことがないことはもとより、そのようなドライバーを所持していたこともなく、本件は、被告人の挙動を目撃したという警察官がでっちあげた事件であって、この点において原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があるというものである。

そこで検討するに、関係証拠を総合すると、被告人が本件アパート二階の一番奥(南端)の八号室B方居室出入口ドアの施錠部分をドライバーでこじあけようとした事実を認めるに十分であって、当審における事実取調べの結果によっても右認定を左右するには至らない。以下若干補足して説明すると次のとおりである。

1  関係証拠によると、本件当時広島南署刑事課盗犯係主任であった上原元信巡査部長(以下上原巡査部長という)は、所轄管内で多発していたアパート空巣窃盗事件の捜査のため、私服で原動機付自転車に乗って管内を巡回警戒中、本件アパート袋小路入口の電柱の陰に自転車が駐めてあるのに気付いて不審を抱き、本件アパートの奥を覗いてみたところ、二階通路の奥に被告人の姿を認めて怪しいと思い、足音を忍ばせて袋小路から階段を上がり、躍り場付近から様子を窺うと、被告人が八号室B方居室ドアと柱の間にドライバー様の工具をさし込んでこじあけている様子が見えたので、直ちに階段を上がりきって被告人に近づき、その足音に気付いてふり返った被告人に対し「こちらの方ですか。」と声をかけると、被告人が「はい。そうですが………」などと答えながら、右手に持っていた物をズボンのポケットに入れたので、B方居室のドア付近を見ると新しい疵痕がついており、やはりドライバーでこじあけようとしたのだと確信し、「住居侵入未遂現行犯で逮捕する。」旨告げたこと、これを聞いた被告人はやにわに身を翻して通路奥(南端)の方へ逃げようとしたが、上原巡査部長から腰付近をつかまれ、通路南端の手すり付近でもみ合ううち、被告人は右手でズボンの右ポケットからドライバーを取り出し、これを取り押さえようとする上原巡査部長の手をふりほどきざま、手すりから腕をつき出してアパート東側の空地(駐車場)の方へドライバーを投げ捨てたこと、その後なおももみ合いながら通路北側の方へ少し戻ったところで、被告人は上原巡査部長の手をふりほどき、手すりを乗り越えて下の袋小路へ飛び降り、その拍子に痛めた足をひきずりながら逃走しようとしたが、被告人ともみ合っているときに上原巡査部長が「泥棒じゃ。誰か来てくれ。」などと叫んでいた声を聞いてアパート階下一号室から出て来たC(当時一六歳の高校生)と袋小路入口付近で出くわして同人に腕をつかまれ、そこへ追いついた上原巡査部長に逮捕されたこと、以上の事実を認めることができる。

所論は、上原巡査部長作成の現行犯人逮捕手続書、同巡査部長の各供述調書や原審における証言等の信用性を疑問視するもののようであるが、上原巡査部長の各供述内容はそれ自体極く自然で何ら不合理な点は認められず、かつ被告人の身柄確保後、応援に駆けつけた警察官らとともに付近を捜索し、被告人が投げた方角の駐車場内でドライバーを発見、領置した経緯、B方居室ドアの錠金具とその付近に右ドライバーの形状とほぼ一致する真新しい工具痕が認められることを拡大写真により明らかにした鑑識結果等関係証拠によって認められる事実に照らしてもその信用性を認めるに十分である。

2  これに対し、被告人の弁解は、所論のような理由で本件アパートを訪れ、各室のドアがいずれも閉まっていたので二階まで上がり、前記B方居室前で暑さのため一息入れていたところ、近付いてきた上原巡査部長から一、二言葉をかけられ、その後いきなり「逮捕する。往生せい。お前のことは何もかも判っとるんじゃ。」などと言われてその場にねじ伏せられ、びっくりして逃げようとするうち、同巡査部長に体をかかえ上げられ、手すり越しに階下へ投げ落されて胸や足を痛めたが、怖かったので誰かに救いを求めようとして逃げ出したところを通りかかった若い男(前記Cのこと)に腕をつかまれ、そこへ追いついてきた上原巡査部長に逮捕されたというのであるが、知人の消息等を尋ねるために来たと言いながら各室のドアを叩くなど近所の人に尋ねることもせずに二階の一番奥の何ら面識もないB方居室の前まで立ち入っていること、被告人を逮捕する筈の上原巡査部長が何故被告人をその場で制圧せずにわざわざこれを二階通路の手すりから下へ投げ落そうとするのか極めて不可解であること等、それ自体不自然かつ不合理な点が多々あって到底これを信用することができない。

以上の次第で所論はこれを採用できず、被告人が窃盗目的で本件アパート二階通路に上がり、前記B方居室ドアをドライバーでこじあけようとした旨の事実を認定した原判決には何らの事実誤認も存しない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却することとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村上保之助 裁判官 藤戸憲二 裁判官 平 弘行)

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